幸運について

 入院中の父を見舞った帰り道のこと、時刻は7時をまわってあたりはもう暗い。私は背後から近づいてきた車に乗った男二人から声をかけられた。すいません、ちょっとすいません、道を訊きたいわけじゃないんですけど。はい、はい、なんですか?今法事からの帰りなんですけど、引き出物もらったんですけど、高級な○○の腕時計で、ペアで、これ会社持って帰ると給料引かれちゃうんで、盗品とかじゃないんで、受け取ってもらえませんか?え、なんですか、質屋かなんか持ってって換金したらいいじゃないですか?いやそれもそうなんですけど時間なくて、もらってもらえませんか?おお、これは今流行のタイガーマスク運動の影響なのか?それとも誰にも内緒だが初詣で祈った金運上昇がさっそく叶ったのか?俺にもついに金運が巡ってきたのか、こんなことがあっていいのか?わかりました、いただきましょう、でもボク質屋持ってって換金しちゃいますよ。おそらく私の両目が希望の光に満たされウルっと輝いていたのを彼は見ていたに違いない、出された品を受け取ると、男はもう一つ品物を取り出して、車を降りずに言う。こちらは××のブレスレットでウン十万円するもので、こちらもついでに受け取ってもらえませんか?ええーっ!そうなんですか、分かりました、僕もたいへんお金に困っているので人助けをしたと思ってくださいね。と言って受け取ったとたん、男が言う。あの、これ高価なものなんで、すいませんが、一万円ほどお礼としてもらえないですかね。はあぁっ!?何言ってんすか!?そんなカネあるわけないじゃないすか?一万円もだめですか?あたりまえじゃないすか?お礼ってなんすか?僕今父の見舞いの帰りですよ、カネなんて持ってるわけないじゃないすか?私がそう言うと、東京から東か北であろうお国なまりの残る男は、一万円もだめっすか、じゃあ、と吐き捨て品物を引っ込め、車は数メートル先の角を左折し去っていった。