マザウェル 〜珠玉のフィリップス・コレクション

argfm2011-10-29

『Chi ama, Crede(愛する者は信じる)』(1962) ロバート・マザウェル(1915 – 1991)


 ヨーロッパ(主にピカソ)のコピーではない独自の原理に基づいて制作すべきと考えたマザウェルは、既に若くしてシュルレアリスムの首領アンドレ・ブルトンに絶賛される画家となっていたロベルト・マッタ(1911 - 2002 )*1からオートマティスムを吸収。*2マッタはゴーキーにとっても重要な画家だったけれども、「バイオ−メカノモルフィック」な形態の影響をモロに受けたゴーキーとは異なり、マザウェルはより自然生成的な技法を採用。自由連想や自動筆記のような自我意識から逃れる「自由」としての無意識というだけでなく、〈物質としての力(主体に回収されない自由意志)=無意識〉を画面で扱う。絵の具の扱いに浜田庄司の技法と似たものがある。また、茫漠とした背景の上に浮遊する図像というマッタの空間にもあまり興味はなかったようで、ピカソマティスモンドリアンらの構成的な画面構想を継承する。そんなわけでマザウェルの絵画はマンネリ化しがちな図像の戯れに陥ることなく、つねに、画面全体で組織される空間の有り様が評価されるべき対象(構造)になっている。
 『Chi ama, Crede』は、画面を見てゆく視線の軌跡、つまり部分が現象してくるその順序によって、それぞれの部分の位置が変化して見える。実物を見ると画像よりもっとあからさまに中央の黄土色の部分が浮かび上がってくるような見え方をする。これはピカソキュビスムを思わせるが、より図と地の関係が両義的である。(これを徹底すると、何が偶然生まれた要素で、何がコントロールされた要素であるのか判別し難い、ファールストレームの『ショックス』のような傑作になる。)一つの閉じた輪郭に属する一つの色と見えるものも、実際にはいっぺんに描かれたのではなく、他の色を置いてから新たに加えられたもののようである。(たとえば中央よりやや下方にあるレッドオーカーの滴。)無関係な要素を関係づけて一つの画面へと統一するというのがマザウェルの問題設定であるが、最下層にある色を最上層で反復し、最下層の地を図として改めて構成するというのがマザウェル得意のパターンである。総じて、A(例えば〈線=骨格〉)B(たとえば〈面=外皮ないし塊〉)二つの異質な系列を同時進行で進め、それぞれを完結させつつ関係づけるというのが、彼の方法論であるように思われる。美術理論に通じた画家でありそのぶん見応えがあるが、とは言えタイトルでは政治的であったり広く多様な文化に言及していたりするものの、製作の技法や理論の種類がさほど多様とは言えず、かつ、研究対象が概して少数のモダン・マスターに限定されているように見えることなどについては、マイナスの印象を受ける。無い物ねだりではない。まとまった量を観ていくとちょっと飽きてくるのである。マザウェルは制作のエネルギーをどのようにして、どこから得ていたのだろうか、知りたいところである。
 アメリカの美術が「アメリカン・アート」ではない「コンテンポラリー・アート(現代美術)」としていわゆる世界史目線の「美術史」に登場してくるのは大体ここらへん、マザウェルら抽象表現主義の登場ぐらいからであり、言説としての「美術史」の上では、ここでいったんホッパーやエイキンズといった「リアリズム」の流れが断ち切られ抑圧される結果になったと言えるかも知れない。もちろん、他の様々なアートも同様である。世界史的な(インターナショナルな)形式を認めたとたん、他方にローカルな形式が‘生み出される’ということである。とは言え、世界史目線の「美術史」のみが普遍的であり「インターナショナル」であるなどとは信じていないような者にとってそうした言説にあまり意味はないだろうし、それでよいとも私は思う。(ただし「芸術」の語が、西洋由来の、未だ確定され得ないナニモノカであることが自覚されている限りにおいて。)実践的に継承され得るものの継承可能性(遍在性)は、いかにして「世界史」への登録に値するインターナショナルな主体を確立するかといった「政治的」戦略に左右されるものではない。形式や技術の継承こそを芸術家の使命と考えるあたりに私はニーチェを思い浮かべたりもする*3のだけれども、それこそはマザウェルの画家としての態度であった。トゥオンブリラウシェンバーグらの先生。抽象表現主義の巨匠。(つづく)


*今日の画像は浜田庄司です

*1:第二次大戦の戦火を避け、アメリカに亡命していたシュルレアリストグループの一人。

*2:『First Papers of Surrealism』展。展覧会については以下の記事なども参照されたい→ http://bit.ly/sVVWW3 

*3:『権力への意志ニーチェ を参照。