すもも画報 in 台湾

argfm2011-10-06

 9月30日。台風と共に夕暮れ時の台北へ到着し、ホテルにトランクを預けて市内を散策する。日本とよく似ているけれどちょっとずつ何かが違う、どこか懐かしいが郷愁に浸りきることもできない、そんなパラレルワールドみたいな台湾の町並みを実見するのはこれが初めて。ビルやマンションは日本と比べてだいぶディテールが違う。ベランダがない。マンションの屋上には家が建っている。*1政策なのか、台北市内ではパチンコ屋や風俗店をまったく見かけない。(映画『非情城市』でのギャンブルシーンが印象に強く残っていたので、ちょっと意外。まあ、あれはヤクザの話ですけどね。)老若男女問わずスクーター乗りが多く、犬や子どもを乗っけてほとんどママチャリ状態の輩も含め、赤信号の前では常に数十台のスクーターが信号待ちしている。なぜあえて原チャなのか、何も知らぬまま連行されてきた外国人旅行者である私が知るはずもない。信号が変わるまでの時間はカウントダウン表示され、便利である。
 台北市の飲食店は夜遅くまで開いており、ガイドブックにも載っているヨーロッパベース多国籍料理のレストランで遅い夕食を摂る。スタッフがアイデアを出し合って作る創作料理だそうだが、客への対応も気配り充分かつフレンドリーで、広々としたスペースでゆったりと食事でき、味も店内のインテリアも最高だ。ついでに値段も最高だが、とは言え、東京でフレンチを食べるのとほとんど変わらない。バベットの晩餐会で高揚した気分のまま、11時を回ってホテル近くの24時間足裏マッサージに強行突入。日本のマッサージに比べると格段に安い。二人してイタイイタイとうめき声を上げるも腕の太さバット3本分くらいあるマッサージのおっさんはニヤニヤ笑いを浮かべてご満悦の様子。足裏マッサージはこの後何度か訪れたが、どの店でも、男女問わずどのマッサージ師でも、イタイイタイと言うと、なぜか嬉しそうにする。
 
 10月1日。台風。一日中、雨。ここからが本番。パートナーが申し込んでくれたツアーに参加する。ツアーの企画者は台湾紹介本『奇怪ねー台湾』*2『台湾ニイハオノート』*3などで有名な青木由香さん。*4(私は今回のツアーに参加するまで彼女の著作を知らなかったが、どの本も面白い。)あちらこちらと巡ったのち、この日の目玉(私にとって)は、ミュージカル『很久没有敬我了你*5』だ。英訳タイトルはYou have not saluted for a long time。和文のチラシに訳が載っていないため自信はないが敢えて訳せば、「ずいぶんとひさしぶりだな」、とか、「長いことご無沙汰してしまいまして・・」とか、そんな感じなのだろうか。(違っていたら指摘してください。)ちなみに、主催者側は「ミュージカル」とは謳っていない、私が勝手にそう呼んでいるだけである。チラシには、「映画・音楽・演劇」としてある。『很久没有敬我了你』は、台湾少数民族(原住民)*6とこれをルーツとする現在の音楽が一堂に会するイベントである。なぜミュージカル(オペラ)?とも思うが、おそらくはこの舞台が民族音楽の紹介と歴史的文脈への言及(教育・啓蒙)という、必ずしもぴったりと重なり合うことのない二つの目的を持った舞台であり、ゆえに音楽家である主人公が記憶の古層を訪ねて台湾全土を巡るというストーリーを、「ミュージカル」で上演することが選ばれたということなのだろう。*7全編中国語、日本語訳も英語訳もない。ちなみに、中国語のできない私には言葉のニュアンスや言外の意を汲むことはできないから、脚本についての評価はできない。また、私は台湾の歴史や事情に精通しているわけでもないから、こうした教育的なストーリーにあえて落とし込まねばならないことについての、文脈をふまえた上での評価もできない。ちなみに、音楽だけでいいんじゃね?と言われればそうだとも思う。そうすれば、もっと多くの曲を聴くことができたはずだから。だが、この点についてはこれ以上触れずにおく。
 舞台が始まって最初に歌われるのは『復仇記(Rebaubau)』という卑南(プユマ Puyuma)族の民族音楽である。これは、敵部族よりも少ない首級しか挙げることのできなかったプユマ族の男たちが再度リベンジの出撃をするに当たって、もっと首を取って来てねと彼らを励ます女たちの歌、であるらしい。*8この歌がかつて歌われたという事実を隠さない、そんな潔さ・媚びない態度を感じさせる選曲だと私は思う。ちなみにこの舞台で紹介されたプユマ族の歌には、10歳から18歳までの子どもたちが大人になるための軍事訓練を受ける際に歌う歌、というのもある。サルを敵に見立てて軍事訓練したのだそうで。それがこちら↓。



 私は台湾の音楽に詳しくないので知らないアーティストばかりだったが、今回どうやらその筋ではかなり知られたビッグネームばかりが出演していたようである。*9物語が始まって全国行脚を始めた主人公が最初に出会うアーティストが、このひと。↓。



 巴奈(パナイ Panai)。舞台には登場せず映像のみでの参加。映像の中で歌っていたのもここに紹介したのと同じ『台東人』という曲で、おもいっきり反核・反原発のアピールをしながらの演奏だった。ここにリンクを貼った映像でも、ギターに貼られたシールでしっかり反核・反原発をアピールしている。ちなみに冒頭で『復仇記』を歌ったのは紀曉君(サミンガ Samingad)。音楽一家に生まれ、幼少の頃から馴染んだ卑南族の伝統歌謡をバックボーンに持つ。2000年に台湾のグラミー賞とも言われる金曲獎で最優秀新人賞を獲得。日本でもアルバムを発売し、来日公演も果たしている。知りませんでした。サミンガさん、今回の舞台ではこんな曲も歌ってます(40秒あたりから)。↓



 ミュージカルは前半と後半に別れているが、前半最後のトリを努めるのがこの人↓。



 イッパツでやられた私はあの人誰っすか?と周囲の方々に訊ね、胡徳夫(キムボ Kimbo)の名前を聞き出し日本に帰って調べたところ、「台湾原住民民謡の父」、「台湾のボブ・ディラン」と呼ばれる大物らしい。西洋音楽を背景に、90年代から原住民音楽へと回帰。今回のエントリーはこのキムボを紹介したいがために書いた。曲は阿美族の伝統歌謡。詞はキムボ。キムボ、カッコイイでしょ。でしょー。
 さて、ちょっと長くなってきたのでここらで一休み。『很久没有敬我了你』についての紹介、その他台湾旅行記はまだ続く。

*1:台湾・屋上・家で検索すると、ここいらの事情がちょっと分かる。

*2:東洋出版 青木由香著 黄碧君訳

*3:JTBパブリッシング 青木由香

*4:青木由香さんのブログ『台湾一人観光局』http://bit.ly/cp9l8S

*5:台湾では繁体字が用いられる。

*6:台湾では「先住民」という語には「失われた」の意が含まれるという理由から、「原住民」と呼ぶのが一般的であるらしい。

*7:台湾では、現在政府が公認しているだけでも14もの部族が各地に点在している。

*8:DVD『『很久没有敬我了你』より』

*9:こちらの方のHPなどを参照してください。現在活動中のアーティストについて、かなり詳しく知ることができます。http://www.a-mei.jp/original/yzmz/index.html